地元、低山登山 1月の記録

昨年末 83歳で退職

今年から始めた地元の低山登山
動画の撮影者が同行
最初の山は 猿投山 629mを提案されたが
過去の経験から とても無理と言うことで
村積山 257mにした

28年ぶりの登山
息も 絶え絶え・・
多くの休憩の末何とか頂上へ

83歳の自分をしっかり感じた



 
村積山 55歳で趣味を登山からゴルフに変え
28年ぶりの登山で 
体力の低下をしみじみ味わった

豊田市街に近い野見山 126mに登って
トレーニングをしよう

1月だけで 8回登って力を着ける努力をした

1月は 村積山 3回
   野見山 8回登った

村積山 標高256m 登り口120m 標高差136m ×3回 合計408m
野見山 標高119m 登り口50m 標高差 69m ×8回 合計552m  
1月 合計二山 標高差 総合計960m




下の写真 赤い鳥居は
野見山麓 ノミ神社の鳥居


次の写真は 野見山からの眺望
この山からは夕日もきれいです




B-29 が墜落・友好碑を訪ねて

豊田市坂上町
王滝渓谷の周辺で一番高い山が
天下峰(てんがみね)標高360mだ

松平家の始祖 松平親氏(ちかうじ)が頂上に立って 
天下泰平を祈願して名付けたと言われている

松平家の悲願は7代のちの 徳川家康が天下を統一したことで
成し遂げられた

この山に登った時 近くに米軍の 重爆撃機B-29 が墜落した
跡地があると知り訪ねた

終戦前 1945年1月3日
この地に墜落 

近くの人々の思いで 2012年4月
「B29 友好碑」が建立されました



以前から B-29 の墜落について 調べておられた
豊田市在住の 岡田邦夫さんが 
その内容を 2,000年頃
海外の人にも知ってほしいと日本語に加えて英語で
まとめ ホームページを開設されました

その後 墜落したB29で亡くになった11名の遺族や
生きて帰られた一人のお孫さんなどから メールが届きだし
友好碑の除幕式にアメリカの人たちの参加につながったとのことです

一人助かったのは
ハロエドTヘッジス 軍曹
墜落直前に 機体から投げ出され
パラシュートで隣村の山中に降下出来
炭焼き小屋に隠れていたが 地元住民に見つかり
捕虜になった
アメリカに帰ってからの思い出話で
降下した地元の人から食べさせてもらった
日本のパン(もち)がおいしかったと話していたそうです


その後 お孫さんとのメールで
帰国後の暮らしや
56歳で がんのため亡くなったことなどが
知らされたそうです

B29友好碑 の除幕式
なんと豊田市の隅っこの 山中で開催されたにもかかわらず
国際的な 除幕式となりました



豊田市の山中に墜落した「B29」と
体当たりした日本軍の「飛燕」の大きさ比 5倍ほど
を示す模型も披露されたとのことです





1945年1月3日に 豊田市の山中に墜落した
B29 の名称 The Leading Lady と搭乗員の写真も披露され
一番左に写っていたのが
一人生存した Harold T Heges軍曹でした
日本に飛び立つ直前 12月に撮影されたとのこと



このB29の墜落についてもう一人 詳しく調べていられる方が
おられました
松原勝巳さんです
地元の人から証言をたくさん集められたとのことです

亡くなった搭乗員 11名の火葬も
心を込めて行われましたが 夜は火が見え
敵機から攻撃を受けてしまうしまうため
昼のみで3日間掛けての作業になったとのことです

捕虜になる前炭焼き小屋に隠れていた時 
地元の人々から 内緒で「おもち」を与えられ
美味しい美味しいと喜んで食べたとのことです

捕虜にするにあたって
日本の司令官の判断は 墜落したB29は 名古屋港エリアの
軍需工場を爆撃したもので 無差別に
焼夷弾で攻撃したのではない したがって戦争犯罪人ではない
だから普通の捕虜として収容した
だから終戦と同時に 本国に帰ることが出来たのだとのこと

地元の人たちは
人間は人間として扱うのが当たり前
しかし 残念ながら 敵となって戦うことはあるが
亡くなってしまえば同じ扱いをしたいという価値観の結果が
この「友好碑」なのです と、、、

松平親氏が この地のすぐ先にそびえる山 天下峰(てんがみね)で 
天下泰平を祈願した

その心は今の世にも脈々と引き継がれ 活きていると
感じた「友好碑」でした




4月も ほどほどに 登っています

83歳 今年から始めた低山登山

2月 3月は勢いが先となり
体調の変化に負けた

4月は 改めて 体調優先で ほぼ ほぼに
登ることに

4月3日 瀬戸の岩巣山480m に登ってきた
きっと ゆる山だろうとなめてかかったが
急登あり 鎖場ありで痛い目にあった

でも頂上付近から
下に 東海環状道 その向こうに名古屋の街
とても良い景色に癒された







4月9日
設楽町の 碁盤石山 1189m へ

碁の強い天狗と地元の 碁の名人が
この山の上 碁盤石で碁を戦った

自慢の天狗が負けて 大きな碁盤石をひっくり返した
という伝説の山だ





豊田市の東部に見える 三山
右から 六所山 611m  焙烙山684m 十明山572m

最後に残っていた 十明山に登ってきた
信仰の山で 頂上近くに小さな社や祠が祭ってあった

頂上はひっそりと 
控えめに表示されていた




信仰目的の人々が 手入れ育てた
椿・シャクナゲが 静かに咲いていた


豊田市 静かな さくら名所 その4(終回)


豊田市 大滝渓谷 東端に
歌石里山園地はあります

満開の
さくらが さと山全体を覆っていました


歌石里山中腹から
里山へ向かう「さとみち」を見下ろせます



里山すぐ下 まで車で行けて
広い駐車場とWCが用意されていてとても便利です

訪れたのは 4月になってからの 平日でしたが
くるまは3台ほど止まっているだけで
静かな園地を楽しませていただきました



ここに自己紹介が入ります。ここに自己紹介が入ります。ここに自己紹介が入ります。ここに自己紹介が入ります。

2026

4

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30

最新記事

カテゴリー

アーカイブ

ハッシュタグ