地元、低山登山 3月の記録

豊田市で山に登るなら 
まず知名度の高い 猿投山 629m
次には 六所山 標高 611m 
その隣の 焙烙山 標高 684m

3月2日 六所山に登った
登山口駐車場の標高は400mほどだから
残り 200mちょっとの登りだ
木々に阻まれ景色を楽しむことが出来ない
頂上からの景色を楽しみに 一歩 一歩

たどり着いた頂上
昔あったと記憶していた 展望台は無し
楽しみに登ったが 
頂上は木々のため眺望ゼロ・・
こんなこともある 低山登山だった



3月4日 焙烙山684m
一昨日の六所山で 景色が見えず
悶々とした気持ちを晴らすべく
すぐ 焙烙山へ

頂上にはしっかりした展望台があり
名古屋方面の景色は 抜群だった

眼科に豊田市街その向こうに 養老山脈をバックに
名古屋のビル群がはっきり見えた

六所山で味わった悶々とした気持ちを晴らすのに十分だった



 




豊田市の 最高峰は 標高1121mの寧比曽岳だ
山の紹介本で 愛知県で眺望が一番と紹介されていた
登り口駐車場の標高は 780m 標高差341m
私にとっては 大きな登山となった

ひと汗も ふた汗もかいて到達した頂上
さすが 愛知県一番と言われるだけあって
南アルプスほぼ全山 富士山も顔を出していて
360度の眺望は素晴らしかった



ガソリン代があがった
当分は 近くの 王滝渓谷近辺の数ある山へ

まず始めは 案内版にあった 不動山展望台へ
標高は約200mだ スタート駐車場から標高差120mほど
結構ハードな登りもあって到達した頂上の展望台
なんと木々に囲まれて展望の効かない展望台にガッカリ


懲りずに 王滝渓谷近くの山に通った
古美山 247m

天下峰 360m

梟が城 252m

松平展望テラス 300m

さくらが咲いた
松平東照宮奥にある 高月院に
しだれ桜を見に立ち寄った







3月 実績

村積山  1回 標高256m 駐車場との標高差 136m
野見山  1回 標高119m    69m
六所山  1回 標高611m    211m
焙烙山  2回 標高684m   84m  ×2= 168m 
寧比曽岳 1回 標高1121m    341m
松平展望台1回 標高300m    150m
梟ヶ城  2回 標高252m   102m ×2= 204m
古美山  1回 標高247m     97m
天下峰  1回 標高360m    210m
歌石自然園1回 標高230m    80m

合計 延べ12山  標高差合計 1666m


地元、低山登山 2月の記録

豊田市のどこからでも望むことが出来る
猿投山標高 629m




豊田市で 低山登山を始めたなら
猿投山は 避けて通れない
83歳 始めたばかりの自分には 大きなヤマ

1月に 村積山 野見山でトレーニングを重ね
2月2日に初めて挑戦したが
頂上まで 標高であと150mほどの 大岩展望台で
残念ながら 挫折下山となった




3日後 再挑戦で 
まだ雪の残っていた 猿投山頂上に達することが出来た






足助町追分 のすぐに 黍生山374mはある
とても見晴らしがよい と聞いていたので登ってきた

頂上まで いい感じの山登りとなった
足助地区には 山城跡が7つあり
最初に築城されたのが 黍生城だったとか

広い山頂は 聞きしに勝る眺望で 満足した


低山登山 2月の記録は

猿投山・・大岩展望台まで 1回
     頂上まで    2回
足助飯盛山        1回
足助黍生         1回
村積山          2回
野見山          2回   合計延べ 9山に登った

合計登り口と到達地点 標高差・・2055m となった
 


地元、低山登山 1月の記録

昨年末 83歳で退職

今年から始めた地元の低山登山
動画の撮影者が同行
最初の山は 猿投山 629mを提案されたが
過去の経験から とても無理と言うことで
村積山 257mにした

28年ぶりの登山
息も 絶え絶え・・
多くの休憩の末何とか頂上へ

83歳の自分をしっかり感じた



 
村積山 55歳で趣味を登山からゴルフに変え
28年ぶりの登山で 
体力の低下をしみじみ味わった

豊田市街に近い野見山 126mに登って
トレーニングをしよう

1月だけで 8回登って力を着ける努力をした

1月は 村積山 3回
   野見山 8回登った

村積山 標高256m 登り口120m 標高差136m ×3回 合計408m
野見山 標高119m 登り口50m 標高差 69m ×8回 合計552m  
1月 合計二山 標高差 総合計960m




下の写真 赤い鳥居は
野見山麓 ノミ神社の鳥居


次の写真は 野見山からの眺望
この山からは夕日もきれいです




B-29 が墜落・友好碑を訪ねて

豊田市坂上町
王滝渓谷の周辺で一番高い山が
天下峰(てんがみね)標高360mだ

松平家の始祖 松平親氏(ちかうじ)が頂上に立って 
天下泰平を祈願して名付けたと言われている

松平家の悲願は7代のちの 徳川家康が天下を統一したことで
成し遂げられた

この山に登った時 近くに米軍の 重爆撃機B-29 が墜落した
跡地があると知り訪ねた

終戦前 1945年1月3日
この地に墜落 

近くの人々の思いで 2012年4月
「B29 友好碑」が建立されました



以前から B-29 の墜落について 調べておられた
豊田市在住の 岡田邦夫さんが 
その内容を 2,000年頃
海外の人にも知ってほしいと日本語に加えて英語で
まとめ ホームページを開設されました

その後 墜落したB29で亡くになった11名の遺族や
生きて帰られた一人のお孫さんなどから メールが届きだし
友好碑の除幕式にアメリカの人たちの参加につながったとのことです

一人助かったのは
ハロエドTヘッジス 軍曹
墜落直前に 機体から投げ出され
パラシュートで隣村の山中に降下出来
炭焼き小屋に隠れていたが 地元住民に見つかり
捕虜になった
アメリカに帰ってからの思い出話で
降下した地元の人から食べさせてもらった
日本のパン(もち)がおいしかったと話していたそうです


その後 お孫さんとのメールで
帰国後の暮らしや
56歳で がんのため亡くなったことなどが
知らされたそうです


B29友好碑 の除幕式
なんと豊田市の隅っこの 山中で開催されたにもかかわらず
国際的な 除幕式となりました




豊田市の山中に墜落した「B29」と
体当たりした日本軍の「飛燕」の大きさ比を示す模型





1945年1月3日に 豊田市の山中に墜落した
B29 の名称 The Leading Lady と搭乗員 

一番左に写っているのが
一人生存した Harold T Heges軍曹
日本に飛び立つ直前 12月に撮影されたとのこと




このB29の墜落についてもう一人 詳しく調べていられる方が
おられました
松原勝巳さんです
地元の人から証言をたくさん集められたとのことです

亡くなった搭乗員 11名の火葬も
心を込めて行われましたが 夜は火が見え
敵機から攻撃を受けてしまうしまうため
昼のみで3日間掛けての作業になったとのことです

捕虜になる前炭焼き小屋に隠れていた時 
地元の人々から 内緒で「おもち」を与えられ
美味しい美味しいと喜んで食べたとのことです

捕虜にするにあたって
日本の司令官の判断は 墜落したB29は 名古屋港エリアの
軍需工場を爆撃したもので 無差別に
焼夷弾で攻撃したのではない したがって戦争犯罪人ではない
だから普通の捕虜として収容した
だから終戦と同時に 本国に帰ることが出来たのだとのこと

地元の人たちは
人間は人間として扱うのが当たり前
しかし 残念ながら 敵となって戦うことはあるが
亡くなってしまえば同じ扱いをしたいという価値観の結果が
この「友好碑」なのです と、、、

松平親氏が この地のすぐ先にそびえる山 天下峰(てんがみね)で 
天下泰平を祈願した

その心は今の世にも脈々と引き継がれ 活きていると
感じた「友好碑」でした




4月も ほどほどに 登っています

83歳 今年から始めた低山登山

2月 3月は勢いが先となり
体調の変化に負けた

4月は 改めて 体調優先で ほぼ ほぼに
登ることに

4月3日 瀬戸の岩巣山480m に登ってきた
きっと ゆる山だろうとなめてかかったが
急登あり 鎖場ありで痛い目にあった

でも頂上付近から
下に 東海環状道 その向こうに名古屋の街
とても良い景色に癒された







4月9日
設楽町の 碁盤石山 1189m へ

碁の強い天狗と地元の 碁の名人が
この山の上 碁盤石で碁を戦った

自慢の天狗が負けて 大きな碁盤石をひっくり返した
という伝説の山だ





豊田市の東部に見える 三山
右から 六所山 611m  焙烙山684m 十明山572m

最後に残っていた 十明山に登ってきた
信仰の山で 頂上近くに小さな社や祠が祭ってあった

頂上はひっそりと 
控えめに表示されていた




信仰目的の人々が 手入れ育てた
椿・シャクナゲが 静かに咲いていた


豊田市の山に B29墜落 友好碑がありました

豊田市の王滝渓谷北部山服に
太平洋戦争末期に アメリカ軍の大型重爆撃機の
墜落碑があると聞き 早速 行ってきた



戦争末期 昭和20年1月3日
名古屋空襲に参戦していたアメリカ軍の大型重爆撃機 B29に
日本軍の一機が自爆突撃し B29機は 火だるまとなり
操縦不能のまま この地に墜落した

機長はじめ12名の搭乗員のうち11名が戦死
1名が近くの 六所山中に落下傘で降下したとのこと

地元住民の助けもあり 生きて捕虜となり
間もなく迎えた終戦で 無事 本国に帰って行かれたと
記されていました

落下傘で降下したアメリカ兵は すでに戦闘能力や意思はなく
一人の命ある人間として地元民の優しい心で救われました

敵アメリカ兵の命を救った、、、
この美談 命の大切さを 後世に伝えるべく
友好碑が今も静かに山腹に座っています

優しい山里の人々に命を救われ
本国へ帰ることが出来た一人の米兵
その後 どんな人生を送られたのでしょうか?



ふくろうヶ城展望台


昨年末に退職
今年1月から始めた 低山登山

3月になり 慣れてきて頑張りすぎたか
腰が痛くなってしまって 自分の体力の限界を知った

無理をせず自宅から 6~7キロほどの地にある
王滝渓谷を取り巻く標高200m~300mの山がいくつかあることを知って
登ることにした

その一つが 写真の ふくろうヶ城展望台標高252m
登り口が標高150mほどなので 標高差約100mだった
ほとんど 山歩(さんぽ)状態で頂上に達することが出来た

しっかりした展望台があり 豊田市街全域や 猿投山がよく見えた
しかし もう少し空気が乾いていたらもっと遠くが望めたと思う

展望台の周囲に さくらの木が何本かあった
このさくらが咲くころを見計らって 再度登りたいと思っている


野見山から伊吹山が見えた

村積山256mから 中央アルプスを見たその日午後

きっと伊吹山が見えるはずと期待して
野見山119mに登った

豊田市 名古屋市の向こうに 伊吹山が
きれいに見えた

三十数年前 真冬の伊吹山に登った時のことが
懐かしく思い出された

当時の体力にはとてもかなわないが
あの頃の10分の一でも体力を回復させたい
努力あるのみ・・



ここに自己紹介が入ります。ここに自己紹介が入ります。ここに自己紹介が入ります。ここに自己紹介が入ります。

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