B-29 が墜落・友好碑を訪ねて

豊田市坂上町
王滝渓谷の周辺で一番高い山が
天下峰(てんがみね)標高360mだ

松平家の始祖 松平親氏(ちかうじ)が頂上に立って 
天下泰平を祈願して名付けたと言われている

松平家の悲願は7代のちの 徳川家康が天下を統一したことで
成し遂げられた

この山に登った時 近くに米軍の 重爆撃機B-29 が墜落した
跡地があると知り訪ねた

終戦前 1945年1月3日
この地に墜落 

近くの人々の思いで 2012年4月
「B29 友好碑」が建立されました



以前から B-29 の墜落について 調べておられた
豊田市在住の 岡田邦夫さんが 
その内容を 2,000年頃
海外の人にも知ってほしいと日本語に加えて英語で
まとめ ホームページを開設されました

その後 墜落したB29で亡くになった11名の遺族や
生きて帰られた一人のお孫さんなどから メールが届きだし
友好碑の除幕式にアメリカの人たちの参加につながったとのことです

一人助かったのは
ハロエドTヘッジス 軍曹
墜落直前に 機体から投げ出され
パラシュートで隣村の山中に降下出来
炭焼き小屋に隠れていたが 地元住民に見つかり
捕虜になった
アメリカに帰ってからの思い出話で
降下した地元の人から食べさせてもらった
日本のパン(もち)がおいしかったと話していたそうです


その後 お孫さんとのメールで
帰国後の暮らしや
56歳で がんのため亡くなったことなどが
知らされたそうです


B29友好碑 の除幕式
なんと豊田市の隅っこの 山中で開催されたにもかかわらず
国際的な 除幕式となりました




豊田市の山中に墜落した「B29」と
体当たりした日本軍の「飛燕」の大きさ比を示す模型





1945年1月3日に 豊田市の山中に墜落した
B29 の名称 The Leading Lady と搭乗員 

一番左に写っているのが
一人生存した Harold T Heges軍曹
日本に飛び立つ直前 12月に撮影されたとのこと




このB29の墜落についてもう一人 詳しく調べていられる方が
おられました
松原勝巳さんです
地元の人から証言をたくさん集められたとのことです

亡くなった搭乗員 11名の火葬も
心を込めて行われましたが 夜は火が見え
敵機から攻撃を受けてしまうしまうため
昼のみで3日間掛けての作業になったとのことです

捕虜になる前炭焼き小屋に隠れていた時 
地元の人々から 内緒で「おもち」を与えられ
美味しい美味しいと喜んで食べたとのことです

捕虜にするにあたって
日本の司令官の判断は 墜落したB29は 名古屋港エリアの
軍需工場を爆撃したもので 無差別に
焼夷弾で攻撃したのではない したがって戦争犯罪人ではない
だから普通の捕虜として収容した
だから終戦と同時に 本国に帰ることが出来たのだとのこと

地元の人たちは
人間は人間として扱うのが当たり前
しかし 残念ながら 敵となって戦うことはあるが
亡くなってしまえば同じ扱いをしたいという価値観の結果が
この「友好碑」なのです と、、、

松平親氏が この地のすぐ先にそびえる山 天下峰(てんがみね)で 
天下泰平を祈願した

その心は今の世にも脈々と引き継がれ 活きていると
感じた「友好碑」でした




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