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白馬岳に散った友

5月 2日、

47年前、
白馬岳で亡くなった親友の命日が

今年も また めぐってきました。


彼とは 高校の同級生で、

山へはいつも一緒でした。


・・・昨日、14時15分の、白馬岳ライブカメラより・・・
右から、小蓮華山、白馬岳、杓子岳、鑓ヶ岳

5月2日前後になると、 毎年のように、

彼のことを ブログに書いています。


5月2日をブログに最初に書いたのは 
7年前でした。

2007年05月02日 私のブログより・・
・・本文そのまま・・


白馬岳・・・・

中学校1年生の夏、山に登ろう・・・
どうせ登るなら愛知県の最高峰に。
同級生をさそって登った茶臼山が、私の山の始まりでした。

中学2年生では、蓼科山へ登りました。

高校に入ってからは、
毎週のように、鈴鹿の山へ行ってました。

その時のとても親しい仲間に、
外山林生(とやま、しげお)君がいました。

高校時代から、私の山の半分には彼がいました。
彼とは、夜間大学もいっしょでした。

今からちょうど40年前のことです、
当時私はカローラを売るセールスマンでした。
昭和42年 5月 2日・・・あの日も私は仕事をしていました。


その日の昼、食事の為、喫茶店にいました。
ラジオは昼のニュースの時間でした。


「白馬岳で、名古屋市職員山岳会のメンバー1人が、700メートル滑落・・・」
「外山林生(とやま しげお)さん・・・」と言う名前、そして「絶望ーー」とアナウンサーの言葉・・
自分自身、血の気が引いたのを今でも覚えています。

すぐ社に帰り、上司に事情を話し、今から白馬へ行きたいから休みをくれるよう頼みました。
上司の答は・・
「井上君が行けば、友達は助かるのか?」でした。


その日は何も手につきませんでした。仕事を終えたら誰がなんと言おうが、白馬へ行く・・・
ちょうど翌日からは3連休でした。

「林生(シゲオ)!俺が行くまで待っていてくれ!」
夜を撤して走りつづけ、夜が明ける頃には白馬の麓にいました。
残念ながら麓で・・彼の変わり果てた姿との対面になってしまいました。


現地で火葬されることになりました。
彼をのんだ「白馬」の里は、遅い桜が満開でした。
真っ青な空に、残雪の白馬岳がまぶしく光っていました。

彼を天に運んだ「けむり」と・・・・
我々山の仲間で歌った
あの「雪山賛歌」

山よ、さよなら音符・・・

ご機嫌よろしゅう音符・・・

また来る時にも笑っておくれ音符水滴水滴・・・



涙でくしゃくしゃになりながらの歌声が、
むなしく「白馬岳」に消えていきました。



あの彼が最後の「山行」へ行く時、
私にアイゼン(雪や氷の上を歩く為の金具)を借りにきました。

冗談に、「おまえは死んでも、
アイゼンだけは返してくれ」といって貸しました。

残雪多い早朝の白馬岳(2932m)~小蓮華山(2769m)への尾根で、
アイゼンを衣服に引っかけて、
バランスをくずして滑落してしまったとのことでした。

俺のアイゼンで・・・何か自分が悪いことをしてしまったような・・・責任を感じてしまいました。

せめての償いのつもり、と、とても山を楽しむ気にもなれず、
あの時から自分は山を止めることにしました。

あれから16年経過して、40歳でまた山を再開しましたが、
55歳で社内の反対とゴルフを始めることで再度、
山を止めることにしてもう10年になります。

最近は山へ行きたいではなく、過去の山の懐かしさに浸ることがたびたびです。
実は今日、10年前に買った山の雑誌を見ていて、
白馬で亡くなった外山君を思い出してしまったのです。

私の二つ年下の妹は7年前に脊椎のガンで亡くなりました。
その妹が当時好きだった人が 山で亡くなった 外山君でした。

私はその妹の思いをかなえる「キューピット役」を引き受けていたのでした。

その思いを知ることなく彼は帰らない人になってしまったのです。
この事にも、私は責任を感じていました。


亡くなった妹の思いもザックにつめて・・・・
彼の50回忌までにもう一度「白馬岳」に弔い登山をしようと改めて誓いました。


以上が、7年前に書いた、私のブログです。



あっという間に年月はすぎ・・・

50回忌までに、あと2年です。

大丈夫かな??,
本当に登れるかな??

不安がよぎります。
 







TSUTAYAとコラボ

ユーズネットは、

異業種企業との、コラボ戦略を進めています。


その一環として、

このたび TSUTAYAさんとのコラボがスタートしました。

コラボ1号店は、

TSUTAYA豊田高橋店 です。




レンタルCD/DVD/ビデオ
TSUTAYA豊田高橋店


豊田市駅から外環方面に向かって、

豊田大橋を渡り、2つ目の信号を越した右側にあります。











この出会いは
運命かっ! と

書かれた箱が DVDの棚に
並んでいます。

その箱のなかに・・・

一日、一回¥2000ー上限

車の部品代金、メンテナンス代金に
使える金件が一万円分印刷された券が
入っています。
(但し御利用は・・新規のお客様限定です)
(お車ご購入には、一万円×2倍=二万円としてもご利用できます)


TSUTAYA豊田高橋店へ行かれましたら・・・

運命かっ!の BOXから・・・

運命の一万円金券をお取りの上、

有意義に お使いください。


「この企画は、
ユーズネット美里限定で 5月よりスタートしています」










されど「お花」



消費税が上がる前のことです・・・
昨年11月頃から、新車の商談が一気に増えてきました。

その お客様の動きに合わせて、

12月・・・「軽大会」in豊田スタジアム
 1月・・・イオンde「軽大会」
 2月・・・「軽大会」in豊田スタジアム
以上のように
「軽大会」を3ヶ月連続で開催しました。
ご来場者数は、3大会合計で 約6500人でした。

軽の新車・中古車を一同に揃えて
お客様が選択しやすいように便宜を提供し
大変ご好評をいただきました。

その結果3会場でのご成約台数は
合計100台近くとなり
ユーズネット各店の販売台数は、
各月とも 前年を大きく上回ることができました。

ところが 消費税が増税となり
4月は 25日現在で 良く売れている店と 苦戦している店に
はっきり 2極化しています。

まだ月末までに 日にちはありますので、
苦戦している店には 頑張ってもらい 何とか前年並みまでは・・
と思っています。


以下の3店が今日現在 好調な店です。

ユーズネット豊田北

ユーズネット豊田東

ユーズネット 岡崎
 

昨年秋頃から好調を維持している 
ユーズネット豊田東 は、今月も好調です。

今日、所用で ユーズネット豊田東 へ行ってきました。
苦戦していた、2~3年前には考えられないお店に
変身しておりました。

花だんの花がきれいに手入れされて、
美しく咲いていたのでした。

業績の良い店は・・
必ず 花だんが良く手入れされています。


やっぱり・・・・・・・
たかが、「花」  されど「花」なのだなぁー

と 思いました。














ユーズネットの次世代幹部研修

次世代のユーズネットを背負う幹部候補7名に対して

昨日22日豊田スタジアム会議室にて

研修会を開催しました。


 
私の尊敬する酒井先生にわざわざ東京からお越しいただき、

講師をお願いしました。



実在の スポーツ選手を参考に出して 

目標を持つこと と、

目標に向かって全力で取り組むことの大切さを
 
わかりやすく解いていただきました。



ユーズネットの未来を背負う7名が
この先 目標をしっかり持って
目標に向かって全力で取り組みます。


今日の研修を終えて・・

一年後がとても楽しみになってきました。


中日新聞朝刊広告にびっくり

今朝のことです。

女性スタッフから

「今日の朝刊に、ユーズネットが出ていましたよ」

「うっう そぉお」

「広告を出した覚えもないし、まさか記事になるようなこともないしぃ」




「おやっ!?」 ユーズネット西尾??  協賛 株式会社ルート??

早速、中日新聞を開いて見てみました。

何と 4分の1ページという大きな枠で

ちょいCamきゃんの広告が掲載されていました。

今月から、ちょいCamの販売店になっていただいた、
西尾市吉良町の 
株式会社深谷モータース さんが出された広告でした。
ちょいCamは、サンセブンという別会社で展示しておられます。

販売店になっていただく折
ちょいCamのロゴや、写真は
提供させていただいたものです が・・・

「おやっ!?」 ユーズネット西尾??

設立1950年で 当社より、ずっと歴史があり、吉良、西尾地区では、
知名度も高く 多くの信頼を集めておられます。
その会社が ちょいCam名 のみならず、
「ユーズネット」という店舗名まで出して使われたということは・・・
こそばゆく感じるとともに 恐縮しています。






今回のように、多くのちょいCam販売店さんが、
各社の地元で独自に広告を出しておられます。

先日も、長野県の新聞でちょいCamを見てと、問い合わせが
ユーズネットのキャンパー事業部に入っていました。
塩尻市の村上自動車さんが出された、新聞広告でした。

ちょいCam が全国の販売店さんの努力によって、
全国にどんどん拡まっています。



すでに 「ちょいCamきゃん 」は 

三河の地方区から

日本の全国区へと成長しつつ

拡がっています。



今年も 「ちょいCam」が全国を駆け巡ります。

大人の夢をのせて・・・








ダイハツの大入り袋


3月、愛知県のダイハツ車販売が新記録だったとのことで
ダイハツディーラーの担当者の方が
大入袋を届けてくれました。

久しぶりに私の目の前に現れた
大入袋です。

昔は、良くいただきもしたし
当社も良く出したものでした。
大入袋を前にして、
何か、懐かしさを感じました。


3月ダイハツの新車販売は 

愛知県全体で 6602台

42万人 豊田市では、450台とのことでした。

そのうち、約半分をディーラーが販売して

残りの約半分を多くの販売代理店で販売したとのことです。


ユーズネットグループのダイハツ車の販売台数は、

3月 49台で、豊田市内のダイハツ車販売代理店中ぶっちぎりのトップでした。


大入袋のなかの1000円は、

ユーズネットでダイハツ車を買ってくださった多くのお客様に

感謝しながら使わせていただきます。

ありがとうございました。








桜に思う・・



6日の日曜日 

鳴海にいる兄が亡くなったと

知らせが入りました。

73歳でした。


3月から入院していたので、

今年は桜を見ることができなかったと思います。


今年の桜は、例年になくきれいだったから・・・

せめて最後に、見せてやりたかったなぁ と、

残念に思っています。








4月5日・・

通勤時
毎日楽しませてもらいました。

桜城跡公園の桜です。







ちごの口公園の桜は
4月1日に
ほぼ満開になりました。





今日 石野地区で見つけました。
市街地より 常に気温が 2~3度低いので、
今日、満開でした。



今年は桜が特にきれいで
市内の あちこちで
堪能させてもらいました。


何年前からか、

毎年 桜を見るたびごと

自分は あと何回桜を見ることができるだろうと

思うようになりました。



そして、年を追うごと

なんとなく

丁寧に見るようになりました。



今日満開だった桜は、

兄貴の分まで、しっかりと・・・

目に焼き付けさせていただきました。



この先 自分は・・・

あと何回、

桜を見ることができるのでしょう?

又、思ってしまいました。








桜満開、入社式の日に・・

都会のオアシスになっている
公園のすぐ近くに 住んでいます。


いつものことではありますが、
新卒のスタッフを迎える日は、
心が引き締まります。


今日、4月1日はユーズネット豊田に新卒入社
利光君の初出社の日です。

気を引き締めるため
今朝は 少し早めに家を出て、
公園内を歩いてきました。













桜が満開でした。






ユーズネット豊田 入社式で
今日入社の利光君
今の気持ちを力強く披露しました。

期待の新人が加わって、
ユーズネットは、
今年も羽ばたきます。


春がきて 桜日和


 桜城址公園の桜が咲き始めました。

 待ちに待った 春の訪れです。


春になって・・・ 
銘酒 久保田でおなじみの 朝日酒造から
季節限定で越州 桜日和が出ています。




「山路」の駐車場をはさんで、北隣りは加藤酒店です。
豊田で唯一  朝日酒造 「久保田」の販売店です。


加藤酒店の御主人と朝日酒造の担当者の方が、
「山路」のカウンターで 談笑しておられました。



そこに私も加わり、

「山路」に入ったばかりの
越州 桜日和を味わいながら・・・
どんどん話が弾みました。



アルコール度数 13度ということもあり
春らしい とてもやさしい口当たりの良いお酒でした。


桜日和の話から始まって、

日本酒の いろは を お二人から 

沢山学ばせていただきました。









ゴルフコンペ好天に恵まれました。

今日 ユーズネットグループ10社が協力して
ゴルフコンペを開催しました。

中京ゴルフ倶楽部に大変な協力いただき
貸し切りで開催することができました。

天気も 今年一番の好天に恵まれ・・
今日のゴルフ場は、
参加いただいた、お客様、お取引先様の笑顔があふれていました。

(9番ホールの様子  クラブハウスのレストランより) 



ここ数年間 ほとんど ゴルフをしなくなった私の成績は、
ボロボロでしたが 昔のように、悔しくもありませんでした。

それより、ご参加の皆さんの、
楽しそうな笑顔が何よりうれしかったです。


(パーティー会場の模様です)


ご参加いただいた皆さんを目の前にして・・

ユーズネットはこんなにも沢山の皆さんに支えられているのだと、
改めて肝に銘じました。

ユーズネットを取り巻く 輪が 今日一日で
また一段と大きく硬くなった事を実感しました。

御参加の皆様、
ご協賛くださった皆様

ありがとうございました。





東北新幹線で大失敗の巻

昨日の、仙台 日帰り出張の話です。

安城駅へは、予定列車出発の20分前には到着して、まずは、やれやれ・・

いままで混雑を知らない三河安城駅のみどりの窓口に、

さすが3連休の初日

10人以上列を作って 外まで並んでいるではないですか。



予定列車出発5分前にやっと順番が回ってきました。

時間がなく、気持ちが焦ってしまい・・・

名古屋⇒東京⇒仙台⇒多賀城 とすべて自由席で購入して急ぎホームへ。

「こだま」で先ず名古屋へ戻り 名古屋から「のぞみ」で東京です。


「のぞみ」の指定席は、びっしり満員でした。

何と、1番後ろ 1号車の自由席はガラガラでした。

「こんな混雑する日は、自由席に限る・・」

変に優越感を楽しみながら・・・東京に着きました。


東京まで、「のぞみ」の自由席





乗り換える 東北新幹線 「はやぶさ9号」はすでにホームにとまっていました。

指定席は、やはり埋まっているようなので、

先ずは列車に乗って自由席を探そうと列車内を歩いているとき、

列車は動き出しました。



間もなく 車掌さんのアナウンス・・・

「この列車は、全席指定席となっています」

「グリーン車を含め座席はすべて埋まっておりますので、
必ず指定の座席にお座りください」 で、万事休す です。

仙台まで、トイレの隣のデッキで、
1時間半強 立ったまま・・・
久しぶりに、列車でつらい思いを体験させてもらいました。





仙台でJR仙石線に乗り換え・・9駅先の多賀城という駅まで
今度はとても空いていました。

途中に気が付きました。
駅で停車してもドアーが開きません。

いつか、群馬へ行った時は、
女の子に開けもらった覚えがあります。

でもこの列車には、その時のように 

ドアーを手で開けるレバーがありません。


このまま目的駅まで着いたらどうしよう・・

改めてドアーを見たら、
シールが貼ってあり・・書いてありました。
「あける」ボタンを押してください・・と・・


よくよく見ると、
列車が止まると、
ボタンにライトがつくようになっていました。

簡単なことでしたが、
降りるときは 列車内には自分だけとなっていました。
とてもあせりました。


指定席が取れないほどの混雑している新幹線自由席で
ゆったり窓際の席で優越感に浸ったり・・

トイレの横で、1時間半強、立ちつくしたり・・

ドアーの明かない電車で焦ったり・・


いろいろあった、仙台出張でした。




ここに自己紹介が入ります。ここに自己紹介が入ります。ここに自己紹介が入ります。ここに自己紹介が入ります。

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